黄ふくろう日記

大好きな事なら超続けられる…でも大好きな事は毎日入れ替わるよ♪

邪推しすぎだからなのか?

 情報番組のなかには、世情に疎そうな女性タレントを並べて、彼女たちの素人くさい質問に対して、男性のタレント識者が分かりやすく答えるという構成のものがありますね。たとえば、「ニュース女子」とか「よるバズ!」とか。

 政治や経済のことについて知りたいなら、きちんとした学者を呼んで、しかるべき議論を聞いた方がいいに決まっているわけです。そういう番組もわずかながらありますしね。「素人代表ということでヨロシク!」とお願いされたから出演したんでしょうけど、別にわざわざ女性タレントを並べて、無知を晒すような質問をさせて、挙げ句の果てに恥までかかせて、いったい誰がこういう番組を観て面白い、あるいは役に立つと思うのか、長らく疑問だったんです。

 あれね、要するに、飲み屋なんかで女の子に対して「おまえ、そんなことも知らないのか~?」といって政治や経済のことについて、どこかで仕入れてきた蘊蓄を垂れて、女の子から「へぇ~、そうなんですか、知らなかったです~」みたいなことを言われて、悦に入っているオッサンの構図だなと。だから、全体的な論調がわりと保守寄りというか、世の中のことについて少し考えるようになったオッサンが好きそうな論調でしょ?

 大体、学問的な議論はその辺のオッサンにはさっぱり分からないし、さっぱり分からないことが自分のプライドをいたく傷つけるから、そういう議論を聞こうとは思わない。それよりも「つまり、こういうことなんだよ」という語り口で、根拠や出典が定かではない話を持ち出して、あるいは物事を大雑把に括ってみせて、「どうだ、よく分かっただろう?」としたり顔を決め込みたい。そのための情報源が、冒頭に触れた番組なんだろうと推測するわけです。

 そう考えると、なんかすごく下品な番組に見えて、あんまり感心できなくなってしまいました。知識豊富でバランス感覚も優れた女性の学者だってたくさんいるだろうに、そういう人を使うと優越感に浸れないから使わないんでしょうね。あるいは、素人代表ということなら、男性のお笑い芸人を使えばいいだろうに、そういう人を使うとやっぱり優越感に浸れないから使わないんでしょうね。どうもそこはかとない女性蔑視の空気が見え隠れして、観ていて正直、気分が良くないと思うのは、こちらが邪推しすぎだからなんでしょうか。


お酒の調達を兼ねてツーリングしてきた

 5日、お酒の調達を兼ねて、国道163号をツーリングしてきました。天候が非常に良く、気温も22~23度だったので、道中、とても快適でしたね。やや風が強かったのが気になりましたが、何から何まで条件がいい日なんて滅多にないわけですから、あんまり贅沢を言うもんじゃありません。

 鼻歌なんぞ交えつつ走っていると、やっぱりたくさんのバイクを見かけましたねぇ。ゴールデン・ウィークも終盤、しかも6日の天気は下り坂ということで、この日を選んでツーリングに出かける人がきっと多かったんでしょう。

 あと、男女ペアのタンデムもたくさんいましたねぇ。春は出会いの季節ですからね、新しい学校や職場で出会って、ちょうどいい季節だし、興味があるならツーリングに行こうよと誘ったんでしょうかねぇ。素敵な話じゃないですか。嫌いな人のうしろには絶対、乗りませんからね。タンデム走行のバイクは基本、安全運転に徹していることが多いですけど、とにかく事故を起こさないように気を付けることが大事ですね。

 それと、ゴールデン・ウィークで書き入れ時だと判断したのかどうかは分かりませんが、パトカーや白バイがウロウロしていましたねぇ。普段から安全運転で、すりぬけもほとんどしないくらいなので、警察に目を付けられることはないと思っていますが、なんでしょうね、やっぱり周りにいると気にしちゃいますね。

 立ち寄ったのは、2017年4月にオープンした道の駅「お茶の京都 みなみやましろ村」です。さすがに家族連れで来ている人たちが多くて、物販や休憩所なんかは大分、混み合っていましたね。


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 お酒は、販売所に入って左奥のスペースにあります。京都の地酒が並んでいます。どれにしようか悩みましたが、「そういえば、今まで試したことがなかったな」ということで、京都・佐々木酒造さんの「純米吟醸 聚楽第」にしました。お酒は大好きだけどお酒に詳しいわけではないので、買ったときは知らなかったんですが、佐々木酒造さん、俳優の佐々木蔵之介さんのご実家なんですね。あとから人に教わりました。

 ただ、佐々木酒造さんの商品は、道の駅でなくても結構、あちこちのお店で売られているので、あえてここで買わなくてもよかったんじゃないかと思うところが少しあったりしますが、気持ちよくツーリングできたし、夕方、帰宅ラッシュに巻き込まれたことを除けば、今日は良しとすることにしましょう。



今年もやっぱりダメでした

 なんかね、正直言って疲れてきたな…。3日の憲法記念日に一応、各政党の党首が発したメッセージを読んでみましたが、憲法改正に反対している政党の主張がもうめちゃくちゃというかなんというか、ミソもクソもぐちゃぐちゃにした言い分を並べておけば、論理的な整合性なんて煙に巻けるだろうと心得たとしか思えない、実にひどい有り様です。

 たとえば、立憲主義の捉え方なんて曲解の極みです。本来、立憲主義とは、憲法の規定に則って国家を運営することであって、憲法の規定を何ひとつ変えないという意味ではまったくありません。社会的な状況や時代の変化に応じて国民の意思にもとづき、憲法を変えることは当然、認められるし、そうでなければ国民は、国家権力をコントロールするために作られる憲法というもっとも重要な法律について、自分たちの意思をまったく反映することができない、国民主権の原理を根本から否定する事態になってしまいます。

 大体、現行憲法の第96条には、憲法改正の手続きが定められているわけです。たしかにその手続きは、衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成による発議と国民投票での過半数の賛成という高いハードルが課せられていますが、憲法改正そのものを否定しているわけではありません。だからもし憲法改正に反対し、文言ひとつ変えることも許さないというのであれば、第96条の削除を主張するのが筋だと思うんですね(ただ、その場合、やっぱり憲法を改正することになるので、条文保持との間で論理的な矛盾が生じるわけですが)。

 安倍政権下での憲法改正は認めないという言い分も、その低俗さに呆れてしまいます。今、憲法改正に賛成している国民の多くは、現政権が安倍首相だからということも少しはあるでしょうけど、むしろ日本の安全保障に関する状況を鑑みたとき、果たして現行憲法で十分、対応できるのだろうかという不安感、もしくは不信感を持っているからだと思うんですね。

 そうだとすれば、事の本質は誰が首相だったらいいということではなく、日本を取り巻く国際環境への対応に関する議論を前提として憲法問題を語らなければなりません。その前提をおざなりにしている限り、いつまでたっても話は平行線を辿るばかりでしょう。

 憲法改正に反対する政党の主張に国民がいまいち乗り切れないのは、おそらく国際政治のリアリズムに根差した議論が著しく欠けているからだと思います。もはや今まで通りの国際情勢ではなくなってきているのに、それでもなお、今まで通りで大丈夫だと主張するのであれば、国際情勢の変化によって生じた安全保障上の差分をどのようにして埋めるのか、具体的に論じなければ、説得力を持ちえません。危機意識を国民と共有できていない政党に、果たして国民が信頼を寄せるでしょうか。大いに疑問を持つほかありません。

 それにしても一体、いつになったら発展性のある議論ができるようになるんでしょうか。もう半世紀以上にわたって、こんなことを続けているわけですから、少しはまともな憲法論議を戦わせてもらいたいんですが、今年の憲法記念日もやっぱりダメでしたね。いつまで日本が平和でいられるか分からないのに、実に呑気なことだと率直に思います。
 
 

素直な気持ちで鑑賞して良かったわけだ

西岡文彦_絶頂美術館













 美術の教科書を開くと、女性のヌードを題材にした絵画が結構、掲載されています(とくに西洋画)。中学生くらいになると、どうして女性の裸ばかり題材にするのか、ヨーロッパの画家はどスケベな奴が多いのかと内心、ツッコミを入れたもんです。

 だって、そうでしょう。たとえば「ヴィーナスの誕生」というタイトルの絵なのに、そこに描かれているのは可愛らしい赤ちゃんではなく、豊満な女性がスッポンポンで乳を放り出して横たわっているんですから、やっぱりねぇ、そういう下心で描いたに違いないと思うのが人情じゃないですか。

 教科書の解説なんかを読むと、そういう絵画について当時の宗教がどうした、神話がどうした、みたいなことが書かれています。すると、邪な気持ちで絵画を見ていたこっちの方が悪いような感じになってしまって、なんだか妙な罪悪感を覚えたりしたものですけど、この本を読むと、なんだ、画家の意図を察して、絵画を正しく鑑賞していたのはこっちの方だったんじゃないかと、つい言いたくなってしまいます。

 今のようにアダルト動画やセクシー写真なんかがない時代、下世話な話ですが、どうやって欲情を処理するかという問題は、とくに男性にとって重要だったはずです。だから金持ちの貴族や王族のなかには、大枚をはたいて有能な画家のパトロンになり、理想的なプロポーションやポージングをつけた女性を描かせ、その絵を自宅に飾って、ひそかに自主トレに励んでいたという人もきっと少なくなかっただろうと推測されるわけです。

 その一方で、さすが西洋画と思わせるのは、ディテールへのこだわりです。とくに表紙の装画、ジェロームの「ローマの奴隷市場」に描かれている女性の尻の素晴らしさは圧巻でしょう。これに勝る尻が果たして存在するのかと思わせるほどのクオリティーです。

 日本でも江戸時代、葛飾北斎(鉄棒ぬらぬら)をはじめ、数多くの絵師が春画に取り組みましたが、ディテールへの関心はもっぱら陰部に向けられ、率直に言ってグロテスクな描写になっているものが多いです。

 この辺の違いが何に由来するのか、ちょっと興味がありますね。やっぱり西洋と日本の性文化の違いから来るものなのか、それとも絵画表現上のリアリティーの捉え方によるものなのか。美術史に詳しいわけではないので、本当はどういう理由なのか分からないですけど、少し勉強してきちんとした知識を得たい心境です。



さりげない気遣いがきっと嬉しい


 うん、いい話だったなぁ。

 あゆみん(石田亜祐美)はトークがうまいね。言葉をきちんと選びながら、自分の思いを丁寧に話している様子にとても好感が持てます。ご本人としては今後、モーニング娘。の活動に区切りがついたとしても、何かを発信する仕事に携わっていきたいと考えているようですけど、それはあゆみんの適性にすごく合っていると思います。読みやすくて楽しいブログも好評ですしね。いいんじゃないでしょうか。

 また、企画力も結構、高いと思うんですよね。たとえば、全国同時握手会みたいなイベントで地方を回るときは、駅や観光地にある顔出しパネルを使った面白写真を撮るとか、仙台放送「あらあらかしこ」の「石田亜佑美が行く!」のコーナーでは毎回、冒頭にミニコントのようなやりとりを入れるとか、自分のバースデーイベントに背の低いメンバーを呼んで、ミニモニ。を復活させるとか、色々なアイディアを出して見る人を少しでも楽しませようとするのは、まさにサービス精神のかたまりだからこそと思うわけです。

 東北出身であることに誇りを持っているのもいいですね。震災への思いについても、さりげなく故郷を気遣っているところが素晴らしい。これね、何かにつけて震災に絡めてくると押し付けがましい感じがするし、そうかといってまったく触れないのも冷たい感じがするんですね。言いすぎてもダメ、言わなすぎてもダメ。その塩梅が難しいんですけど、おそらくあゆみんは「機会があれば、自分なりに思うところを言わせていただきます」というスタンスなので、地元の人たちにとってはその気遣いがきっと嬉しいんじゃないかな。

 坂本サトルさんとティーナ・カリーナさんが語った仙台への思いもいいですね。仙台はね、たしかに人当たりが優しいというか、人間が温かいんですよね。だから、関西人が仙台に行くと最初、怖がられたりするんですけど、しばらく生活していると仙台の雰囲気になじんで、口調や考え方が穏やかになっていくものです。土地柄は人柄っていうところ、ありますからね。

 今のところ、仙台に行く機会がないのでちょっと残念なんですけど、いつかまた行く機会があったら、ぜひ行って美味しいものを食べ歩きたいですね。



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