黄ふくろう日記

大好きな事なら超続けられる…でも大好きな事は毎日入れ替わるよ♪

金沢・妙立寺に行ってきた

 昨夜、金沢から帰ってきました。

 友人が大病を患い、その見舞いのために行ってきたわけですが、一時の厳しい状況から随分、回復したようで何よりでした。食事の制限もそれほど過酷ではなく、日常生活での支障はほとんどないようなので、今後も摂生に努めていただきたいものです。

 さて、せっかく金沢にきて、見舞いだけして帰るというのも味気ないので、今回は妙立寺(みょうりゅうじ)というところに行ってきました。

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 妙立寺というのは、通称「忍者寺」と呼ばれているそうで、敵の侵入を阻んだり、脱出口をこしらえたりするために、内部にさまざまな細工が施されています。

 江戸時代、加賀藩を治めていた前田家は外様大名だったので、幕府に何かと因縁をつけられて取り潰されるという危険と背中合わせでした。そこで、三代藩主の前田利常が幕府の軍勢を迎え撃つための要塞として作ったのが、この妙立寺ということになります。

 実際、どの細工も面白くできていて、当時の建築技術の高さを垣間見ることができます。建物自体はそれほど大きくないので、幕府の軍勢が取り囲んだら細工もなにも、ひとたまりもないんじゃないかと思っていたんですけど、寺の中心にある井戸から寺の外に逃れるトンネルがあったらしいです。ちゃんと考えていますねぇ。

 ガイドさんの説明を聞きながら、寺の内部を大体、小一時間ほど回ってツアー終了です。外国人観光客が多かったのは、やっぱり「忍者」というところに惹かれたからかもしれませんが、実はこの寺、忍者が住んでいたわけではなく、忍者の秘伝が隠されていたわけでもなく、忍者とは何の関係もないそうです。その方面に関心のある人たちには悪しからず。


金沢旅行へ

 本日から金沢へ旅行に行きますので、更新を中断します。

 季節も天候もいいので、バイクで行くつもりです。相棒はいつものようにこの方です。

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 昨年、生産中止になってしまったスカイウェイブ250(タイプM)です。最終モデルですね。60リットル超の積載量を誇るトランクがあるので、道の駅やら高速のサービスエリアやらで買ったお土産をたくさん積めるのが大きな魅力です。ナップサックいりません。

 ところで、高速のサービスエリアで売られていた「じゃがべー君」、あれもうなくなっちゃったんでしょうか。記憶が正しければ、賤ケ岳SAか南条SAで売っていたように思うんですけど、今回、立ち寄ることができたら確認したいと思います。

 それでは、安全運転で行ってきます。



カーリング男子も頑張れ!

 今、カーリングが好きだというと、「あぁ、LS北見のメンバーで、誰か気に入った娘でもいたの?」とか言われかねないのが実に心外なんだけれども、オリンピックに限らず、テレビでカーリングの試合中継があるときは、わりとちょくちょく観るようにしていたんですよ、男子・女子に関わらず。

 観始めるようになったのは、いつ頃だったかな。たしかトリノ・オリンピック(2006年)がきっかけだったように思います。このとき、日本代表チームを含め、カーリングの試合を色々と観ているうちに「いやぁ、これ、ルールや戦術が分かってくると、すごく面白いなぁ」と感じ、その後、毎年開催される世界選手権なんかもチェックするようになったんですね。

 平昌オリンピックを境に、世間では「そだねー」とか「もぐもぐタイム」とか、どうでもいいことで盛り上がっていますが、カーリングの面白さって「理想と現実の妙」にあると、私は思っております。

 つまり、得点差やエンドごとにストーンの配置に応じて採るべき戦術というものがあるわけですけど、端から戦術通りにストーンをデリバリーできるのであれば面白くもなんともない。

 実際には、時々刻々と変化するシートの状況やストーンの癖なんかを見切って、ストーンをデリバリーしなければならない。その見切りにこそカーリングの醍醐味があって、それがうまくいってスーパーショットになったときには、思わず小躍りしたくなるような快感を覚えるっちゅうもんです。分かってもらえるかしら?

 さて、それはそうと、平昌オリンピックでカーリング男子の日本代表チームだった「SC軽井沢クラブ」、このほどエステー株式会社から、4年後の北京オリンピック(2022年)までスポンサー契約を延長するという方針が示されたそうで、非常に良かったですね!

●2022年北京冬季五輪でメダルを目指す男子カーリングに朗報。エステー株式会社がスポンサーを4年延長。(Yahoo!ニュース 2018年3月29日)

 ぶっちゃけた話、おっさんどもは女子選手ばかり注目しますけどね、試合の面白さでいえば男子の方がずっと面白いんです。「えっ!?そんな角度からテイクアウトするなんて!」みたいなショットがよくあるんで、観ていてとても楽しい。

 スキップを務める両角友佑選手、次のように語っております。

「これまではどちらかと言えば五輪に出る覚悟でカーリングをしてきたが、これからはその表彰台に立つまた違う覚悟が求められる。応援される以上は、そのためには何をしないといけないか真剣に考えてます」
 
 こちらはね、特別なことを何かしているわけではなく、試合を観て楽しんでいるだけでもっぱら無責任なもんですけど、ぜひとも頑張っていただきたい。覚悟が重荷になってしまったらつらいけど、女子に負けじと次は表彰台を狙ってほしいですね。



6月20日ではーちんがいなくなる…!

 不思議なもので、虫の知らせではないけれど、そろそろ卒業するのかなというメンバーはなんとなく分かるんですよね。

 はーちん(尾形春水)もなんとなくですけど、そう遠くない時期に卒業しそうな雰囲気だったので、今日、卒業の発表を聞いたときはショックだったと同時に、やっぱりそうだったかという気持ちもどこかにありました。

●モーニング娘。'18 尾形春水の卒業に関するお知らせ(Hello! Project 2018年3月27日)

 初めての大阪出身のメンバー、しかも漏れ伝わるところによると、実は通っていた高校がご近所さんということもあって、ご本人とはまったく関係のないところで親近感を覚えていたのですが、今後は短大に進学し、いずれは4年生大学への編入を目指すため、学業に専念するとのことです。

 言葉の選び方がとてもうまかったから、地頭の良さはファンであれば誰もが知るところだったでしょう。また、自分の性格を飽き性だと語る一方で、フィギュアスケートをやっていたことからどこか芯の強さを感じさせるところがありました。実際、2017年の段階で大学を受験し、そこで合格に至らなかったことからその後、モーニング娘。の活動と並行して受験勉強を続けて、今年、一般入試で見事、合格を決めたことは、さすがというしかありません。

 正直、向き不向きということでいえば、これから先も歌やダンスの世界で勝負することは難しかったと思います。大学進学をきっかけにしてその世界からの卒業を決めたことは、本人の志望もさることながら、賢明な判断だったというべきでしょう。

 しかし、飯窪さんへのいじり(黒はんぺん、変なコルセット)がもう聞けないのか、「TIKI BUN」の個性的なダンスが見られなくなるのか、それに今後、ちーちゃんの相手は誰がするんだ、かえでぃーへの愛にどう落とし前をつけるんだ、などなど、やり場のない気持ちがあることもまた、否定できません。

 とはいえ、加入してから3年半という比較的短い在籍期間ではあったけれども、たくさんの思い出を残してくれたはーちん。卒業まであと3か月ありますが、卒業した後もどうかその名前に違えることなく、美しく清らかな人生を送ってほしいと心から願うのであります。

●モーニング娘。尾形春水、大学合格に伴ってグループ卒業(音楽ナタリー 2018年3月27日)

●モーニング娘。’18 尾形春水が卒業を発表。今後は学業専念(BARKS 2018年3月27日)

●モー娘。尾形春水、学業専念で今春卒業 6・20武道館がラストステージ(Oricon News 2018年3月27日)





深い部分は語られていない

宮田敦司_日本の情報機関は世界から舐められている












 情報活動の現場を知る自衛隊の下士官が実体験をもとに書いた本ということで、その実情をどこまで明らかにしているのかという点で興味を引いたわけですが、深い部分については語られておらず、ちょっと肩透かしを食らったような感じです。

 自衛隊の情報活動が現在、抱えている問題点として、電波情報への偏重(人的情報活動の軽視)、友好国からの情報に対する過剰な信頼、分析部門の予算・人材不足、公開情報の重要さなどが挙げられています。

 ただ、こうしたことは現場レベルではなくても、これまでに何度も指摘されてきたことですし、取り立てて目新しい問題提起ではないように思います。せっかくならもっと現場でしか発見できないような問題を提示してほしかったですね。

 あるいは、以前から同じような問題点が指摘されているにもかかわらず、いつまでたってもそれが改善されていないということなら、日本の情報活動をもっとも舐めているのは、アメリカや中国、ロシア、北朝鮮といった国々ではなく、本当は日本政府自身なのかもしれませんね。そうであるからこそ、予算も人員も不足した状態が続いているのではないかと疑って見てしまいますね。

 ところで、著者が自衛隊調査学校を出たころ、航空自衛隊には「朝鮮語の語学員がゼロで、かろうじて朝鮮語が使える情報幹部(語学幹部)が市ヶ谷にいただけだった」(p. 85)というのは本当なんでしょうか。著者経歴から推測すると、時期的には1990年代半ばあたりだと思われますが、テポドン・ショック(1998年)の前のこととはいえ、さすがに心許ないこと、この上ありません。

 その後、人員を増やしたそうですけど、当時の航空自衛隊における北朝鮮へのノーマークぶりをよく表したエピソードといえそうです。



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