生まれて初めて買ったアルバムは、渡辺美里の「ribbon」でした。当時、友人たちの多くはBOØWYファンで、その楽曲の素晴らしさを繰り返しアピールされたことが今もなお、遠い記憶として残っていますが、お金を払って聴こうと思ったのは、渡辺美里の楽曲だったわけです。

 この世には、過小評価を受けていると言わざるを得ないアーティストがたくさんいます。その典型として、他の追随を許さないほどの圧倒的な歌唱力を持ちながら、天性のサービス精神が災いして、なんとなく軽く見られがちな玉置浩二がいますね。

 もし東京オリンピックの閉会式を玉置浩二に託したら、それはもう全世界の女性をメロメロにして腰砕けにするくらい素晴らしいショーを披露してくれるに違いないと個人的には確信していますが、そういう声が一向に挙がってこないのは、彼が不当に過小評価されているからにほかなりません。

 同様に、渡辺美里もそういうアーティストの一人だと思います。女性のロック・アーティストが皆無に等しい状況のなか、足掛かりをつかむために、ミス・セブンティーンコンテストに出場したことが所詮、アイドルくずれと見なされてしまい、それが一体どれほど彼女のプライドを傷つけたことか。

 しかし、そのプライドは決してガラスのように脆いものではなく、創作活動に直接、関わることで優れた楽曲を世に送り出し、しっかりと裏打ちされることになったわけです。

 渡辺美里を代表する楽曲といえば、多くの人は「My Revolution」を挙げるでしょう。しかし、個人的には「青空」を強く推したい。壮大かつ雄大なバックトラックを受けて描かれる世界は、誰かを愛するということの尊さにほかなりません。その普遍性をこれほどまでに美しく表現した楽曲を知りません。


 

 「流れ星 消えぬ間に あなたのため 願いを込めて」 このいじらしいほど切ない、愛する人の幸せを祈る気持ちをいったい誰が否定することができるというのでしょうか。「情熱もただ微熱さ あなたがいなければ」 この打ち消しようのない愛する人への思いを誰が笑うことができるというのでしょうか。

 こんなにも美しい楽曲は、ついぞ聴いたことがありません。聴けば聴くほど、聴き手の心のなかにある純粋なものを呼び起こし、その純粋なものに、聴き手は突き動かされることになります。それはいわば、聴き手自身の内なる心との対話を促すという深遠なフィロソフィーを喚起し、あらゆるものを包括する愛のかたちとして、そのあり方を問わずにはいられないわけです。

 この楽曲に限らず、渡辺美里というアーティストは優れた表現者としてもっと評価されるべきだし、評価すべきアーティストだと思います。圧倒的な歌唱力を持つことは誰もが認めるところですが、アーティストとしての評価を一層、高めたいと、微力ながら強く訴えたいと思う次第です。