独裁者といっても、恐怖だけで国を牛耳られるわけではない。やはり個人的な魅力やカリスマ性がなければ、国民からの支持を得られないし、部下もついてこない。

 歴史をひもとくと、ナチス・ドイツの独裁者、ヒトラーは、情熱的な演説でドイツ国民の心をわしづかみにしただけでなく、実際に面会した外国の政治家や外交官たちまでも魅了する力があった。

 たとえば日本では、駐独大使の大島浩がヒトラーとの面会を重ねるごとに、その魅力に取りつかれてしまった話は有名である。彼によってドイツから送られる情報は著しく偏向したものになり、ドイツとの連携をためらわせるような情報は捨てられ、ドイツと組むことを促す情報ばかりが本国政府に伝達された。それが日本の国策を大きく歪める原因になった。

 大島は戦後、自分の情報が日本をミスリードしたことに自責の念を持っていたようだが、ヒトラーへの心酔が絶たれることはなかった。自宅の応接室にはヒトラーと一緒に写った写真が飾られ、ヒトラーが好きだったワーグナーを大島もまた、こよなく愛した。そしてヒトラーを「天才戦略家」だと高く評価し、その評価を終生、変えることがなかった。

 同じく第二次世界大戦時、アメリカとソ連は名目上、同盟国だった。だが、安全保障上の理由やイデオロギー的な違いによって米ソ間の信頼関係が盤石とは到底、言いがたかった。とくに大戦末期になると、戦後処理の問題をめぐって意見の対立が目立つようになり、アメリカ政府高官の間ではソ連への不信感が高まっていた。

 ところが、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は、ソ連の政治指導者、スターリンと外交交渉で会うたびに個人的な親近感を抱くようになり、やがて「友人」と公言するまでに至った。その結果、スターリンが国内で行なっていた数々の政治的な弾圧や粛清に目をつむるとともに、東欧諸国の戦後処理に関してもソ連に対して寛大な姿勢がとられることになった。

 要するに、何が言いたいかというと、独裁者には「会ったらいい人だった」という罠があるということである。とくに独裁者のイメージがおどろおどろしいものだったとき、実際に会って話してみると案外、そうでもなかったことに安心し、「本当はあの人、イメージと違っていい人なのかもしれない」という印象を抱いてしまう。これが罠である。

 今年に入って急に慌ただしくなった北朝鮮をめぐる外交も、この罠に陥らないか、心配である。叔父を粛清し、腹違いの兄を暗殺した独裁者とじかに会うとなれば、さすがに誰しも身構えるものがあるだろう。

 だが、実際に会って見せる独裁者の物分かりの良さは、けっして人格に由来するものではなく、あくまでも戦略によるものであることを肝に銘じなければならない。笑顔のうらにある冷徹さ、冷淡さを片時も忘れるべきではない。もはや同じ過ちを繰り返しても許される状況ではないのだから、日本の立場としては、その認識の共有を関係各国に働きかけることが必須になる。