広中一成_牟田口廉也















 牟田口廉也中将の評伝は今まで読んだことがなかったのでちょっと期待していたんですが、「愚将」という評価が覆るような内容ではなかったですねぇ。そもそも悪評紛々、能力や人格を疑うエピソードに事欠かない人物ですから、それらに反駁して従来の評価に修正を迫るのは、よほどの根拠を示さない限り難しいでしょう。

 しかも著者は、新しい史料を使って牟田口のキャリアを洗い直し、再評価を行なっているわけではありません。牟田口という「愚将」を生み出した陸軍内部の組織的な要因に目を向け、その責任を問うかたちで議論を進めています。

 たしかに今から考えると、朝令暮改を地で行く盧溝橋事件の処理や無謀の極みだったインパール作戦の実行など、どうしてこれほど指揮官としての能力と適性に欠けた人物が、司令官として現地に赴任し、作戦遂行の現場責任者になっているのかという疑問は、誰もが抱くところでしょう。

 著者は、その答えとして牟田口の上官、河辺正三大将の存在を挙げ、牟田口の強い説得に負けて、結局、牟田口の言い分を聞いてしまう河辺の甘さこそが、牟田口の暴走を許す要因だったと指摘しています。それどころか、牟田口は与えられた職責を全うしようとした真面目で忠実な人物であったとも評しています。

 しかし、河辺の甘さは理解できるとしても、牟田口の評価についてはさすがに同意することは難しいですね。とくにインパール作戦に関しては、部下をはじめ、多くの反対意見があったにもかかわらず、作戦遂行にこだわって歴史的な敗北を喫し、多大な犠牲を生むことになったのは、ひとえに牟田口のプライドの高さによるものであり、職業倫理にもとづくものとは到底、思えないからです。

 しかも戦後、牟田口はインパール作戦の失敗について、部下の無能さが原因だと主張し、当時、現地で戦っていた軍人たちの不評を大いに買いました。また、作戦中止の命令が遅れたことも、「言葉ではなく、私の顔を見て真意を察して欲しかった」と言い、作戦失敗と多大な犠牲をもたらした原因は上官であった河辺の判断力・洞察力の欠如にあると暗に示唆していました。

 すなわち牟田口は、自分の判断や考え方が間違っていたわけでなく、自分の上官や部下が無能だっただけで、その責任を自分が負うことは耐えかねるという主張を展開したわけです。こうしたところからも、牟田口のプライドの高さ、エゴの強さを感じ取らずにはいられません。

 その偏狭さ、岩窟さこそが組織をマネージメントする指揮官としての能力や適性の欠如にほかならないということに、牟田口自身がまったく気づいていないことがまるで喜劇のようです。結局、この本を読んでも牟田口が「愚将」であるという評価は変わらず、著者の主張にもやや無理があるとの印象を受けました。