経済学者の竹中平蔵さん、彼の主張は世間ではあまり好かれていないようですけど、個人的には納得できるというか、支持したいものが結構、多いです。

 たとえば、日本の雇用形態に関して正規雇用をなくして、すべて非正規雇用にすればいいという意見。たしかにちょっと聞くと暴論だし、議論を分かりやすくするために、あえて極論を投げかけている部分もあるでしょう。ただ、労働市場の流動性を高めて、経済全体の生産性を向上させるためには、竹中氏の主張は非常に合理的で的を射たものだと思います。

 そう言うと、「お前は知らないのか。実は竹中氏は、人材派遣会社とつながっていて、日本の雇用形態を破壊し、非正規雇用を増やすことでその会社を儲けさせ、自分もそこから利益を得るようになっていて云々……」という話を延々と語る人がいるんですけど、それはあくまでも印象論というか、一種の人格攻撃でしかないわけで、もし竹中氏の主張がおかしいなら、その主張がどう間違っているのか、どこがおかしいのか、きちんと批判しないと意味がありません。

 この間も竹中氏は、学生数減少と資金不足に苦しむ大学を改革するためには、大学が自分で稼ぐ力を持たなければならないとし、なんとなれば大学の敷地内に貸しビルやショッピングセンターを誘致し、その上がりで研究したらどうかという意見を披露したところ、各方面から反発を受けるという事態になっているようです。


 しかし現状として、少子高齢化の進展に歯止めがかかる兆しはなく、もはや斜陽産業になりつつある大学経営の今後を考えたとき、何のリスクを負うことなく政府の補助金に頼り切ったままでいいのかという疑問が出てくるのは、当然でしょう。とくに昨今、厳しい財政事情のなか、大学への補助金が予算配分上、優先順位の上位に位置づけられるとは到底、思えません。その点で時代の趨勢として、大学が生き残るためには自分で稼ぐという方向に行かざるを得ないのではないでしょうか。

 しかも、これまで旧態依然とした大学経営の改革が熱心に進められていたというならともかく、どの大学も経営体制の見直しはほとんど行なわれていませんし、その改革をリードしようという人も乏しいです。とくに地方の大学では、地元の名士のような人が名誉職として大学経営に参画しているケースが多く、改革意欲に富むとは言いがたいのが実情でしょう。

 本来ならそういう体制から変えないといけませんが、いずれにしてもジリ貧は避けられないわけで、補助金をもらうために文科省の役人に頭を下げるのが大学経営者の仕事という状況は、あまりにも情けないですし、それが最近、世間を賑わせている文科省役人の天下りや不正入試の問題にもつながっているのではないかと思います。

 したがってこの先、大学の自治を守るためにも、大学が自分で稼ぐ力を持つことは必要だと思いますね。竹中氏の主張は、その中身を落ち着いて見ると、自由経済の原則に照らして、理に適ったものであるし、ことさら違和感を覚えるようなものではありません。それにもかかわらず、なぜか人格攻撃を止めない人がいるのは、あのヘニャっとした竹中氏のルックスが生理的に受け付けないのかもしれませんね。